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岡山地方裁判所玉島支部 昭和36年(ワ)30号 判決 1963年9月30日

原告 国

国代理人 上野国夫 外四名

被告 小幡利三郎

主文

被告は原告に対し金四拾六万参千九百参拾壱円並に内金四千四百四拾円に対しては昭和三十二年十二月十三日より内金四拾五万九千四百九拾壱円に対しては同年同月二十七日より各完済に至る迄年五分の割合に依る金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は原告に於て金十五万円の担保を供するときは仮にこれを執行することが出来る。

事  実 <省略>

理由

訴外笠島英一は塩野義製薬株式会社営業部の職員であつて製品の宣伝販売等の業務に従事しているものであるが昭和三十二年五月二十八日午前十一時頃玉島市阿賀崎玉島市役所前国道をスクーターに乗り西進中被告の使用人で被告の営業の為自動三輪車を運転していた江尻と衝突し受傷したこと、原告は笠島に対し労働者災害補償保険法の規定に基き同年十二月十二日休業補償費四、四四〇円同月二十六日障害補償費四五九、四九一円を保険給付し昭和三十三年十一月二十七日附被告に対し損害賠償金として右金額の納入告知を為したるも被告は其の納入を為さなかつたことに付いては当事者間に争いが無い。

一、原告は笠島の受傷は治療約三ケ月を要する右示指挫断創、右撓骨骨折等であり其の為笠島は治療間昭和三十二年五月二十九日より同年九月十日迄の間休業し後遺症状として右示指、右腕が不自由となつたと主張し被告はこれを争うのであるが成立に付き当事者間に争いが無い甲第六、第七号証同八号証の一乃至七の記載を綜合すれば原告の右主張は全部これを認定することが出来る。

二、原告は右笠島の受傷は被告の使用人たる江尻の過失に基くものであると主張するに対し被告はこれを否認し笠島本人の過失に因ると主張するのでこれに付き判断する。

成立に付き当事者間に争いの無い甲第一乃至第五号証、本件事故現場検証の結果に証人笠島英一同江尻陞の各証言(江尻の証言に付いては後記措信せざる部分を除く)を総合すれば訴外江尻陞は昭和三十二年五月二十八日午前十一時頃玉島市阿賀崎玉島市役所前の属道(路幅一〇・五米、一部未舗装)左側を自動三輪車を運転し約三〇粁の時速を以て東進中約五米の前方を先行する小型貨物自動車を追越す為速度を約二〇粁に低下し前車の右側に出る為道路中心線より約〇・五米右側に進出した際はじめて対向方向の至近距離を笠島英一がスクーターに乗り進行し来るのを発見し急停車の操作を為したが及ばず笠島をして江尻の自動三輪車に激突受傷せしめたことを認定し得るのであつて証人江尻陞の証言中右認定に反する部分は措信し難い。

そこで右認定に基き考えて見るに江尻は前車を追越すに際し前車のかげになつて反対方向からの交通状態が充分確認出来ないのに拘らず敢て道路右側に進出した為本件事故を惹起したのであるが左側通行は交通規則の根本原則であつてこれに反して追越しの為右側に進出する場合には充分に反対方向よりの交通状態を確認した上安全なる速度方法に依るべきことは道路交通法に基く当然の運転者の注意義務といわなくてはならない。本件の場合にも江尻としては先行する車輌を追越す為には先行車が左折して前方の見通しが完全となるのを待つか或は警笛を吹鳴して先行車を左側に避譲せしめ反対方向からの交通状態を確認し得るに至つてはじめて道路右側に乗入れるべきであつてこれを怠つたことは江尻の注意義務違反であり本件事故は江尻の過失に基くものと判断しなくてはならない。被告は笠島が道路中央線の近くを高速度にて進行し且前方注視義務を怠つた為既に停車せる江尻の車に笠島が衝突したものであると主張するのであるが前記認定の如く本件は笠島が道路中心線より左側を行進中突然至近距離の前方に江尻の車が進出した為惹起せられたものであつて笠島に運転方法或は前方注視義務の懈怠があるものとは認め難く被告の主張は認容し難い。

然して本件事故は訴外江尻が被告の事業の執行に付き発生したものなることは被告がこれを争わず又江尻の選任、監督に付き被告に於て相当の注意を為したること、及び相当の注意を為すも損害が生ずべかりしことについては被告に於て何等主張しないのであるから被告は江尻の使用者として本件事故の被害者笠島に対し事故に基く損害賠償の義務があり労災保険法第二十条に依り笠島の損害賠償請求権を取得せる原告に対しても賠償の義務あるものとなさなければならない。

二、次に損害賠償の額に付き判断する。

イ  休業補償費に付いて

訴外笠島英一が昭和三十二年五月二十八日本件事故の為受傷し同月二十九日より同年九月十日迄百五日間休業し其間使用者塩野義製薬株式会社より給料の支払を受けられなかつたこと、並に右期間の休業補償費として原告が笠島に対し計四千四百四十円を支払つたことは成立に付き当事者間に争いの無い甲第八号証の一乃至六の記載に徴し明白である。

原告は被告に対し右笠島に支払つた金四千四百四十円を損害賠償額として請求するに対し被告はこれを争い労働者は労働基準法に基き業務上の事由に依り受傷休業の場合は当然賃金の六割に相当する休業補償を受ける権利を有するものであるから笠島の休業に依り受けた給料に付いての損害は其の受け得なかつた給料額の四割を限度とすべきものでこれを越える原告の請求は不当であると主張するのであるが労働基準法所定の災害補償は其の本質に於て災害に基く労働者の損害填補と解すべきであるからこれが支払を為した原告は其の限度に於て被告に対し損害賠償請求権を取得したものと云うべきであつて被告の主張は認容し難い。

ロ  障害補償費に付いて

原告は前記の如く訴外笠島に対し労災保険法に基き障害補償費計四五九、四九一円を支払つたものであるが右は笠島が本件受傷の結果身体に障害を生じ労働力を喪失し爾後収入を減少するに至つたので将来得べかりし利益の喪失に対する填補の趣旨であり笠島の右利益の喪失は総計二、一四七、〇五一円となりこれは当然被告に対し損害賠償を請求し得るものであるから原告は右現実に笠島に給付せる四五九、四九一円の限度に於て笠島に代つて被告に対する損害賠償請求権を有すると主張するに対し被告はこれを否認し笠島は製薬会社の宣伝販売に従事するものであるから原告主張の本件受傷に基く後遺症状に依つては何等労働力を喪失して居らず収入も減少していないのであるから将来得べかりし利益の損害は発生していないと主張するのでこれに付き判断する。

先ず労災保険法に基く障害補償給付は労働基準法第七十七条に依る使用者の労働者に対する障害補償の一部を国家が肩替りして保険給付としてなすものであり其の本質は労働者の身体傷害に基因する労働力喪失即収入低下に対する填補と解すべきであるから当然これは得べかりし利益の喪失として国は加害者に対し損害賠償を請求し得るものといわなくてはならない。

次に其の額に付き原告は笠島の身体症状は労働能力百分の三五を喪失せるものとして受傷時に於ける笠島の平均賃金一日一、三一二円八三銭を基礎とし二、一四七、〇五一円を得べかりし利益の喪失額として主張するのでこれに付き考えるに成立に付き当事者間に争いの無い甲第九号証の一乃至六に徴すれば其の計算方法は正当と認めるも其の基本たる原告主張の労働能力喪失割合は労災保険法に基く保険給付の為に定形化されたる基準に基くものであつて右目的の限度に於ては合理性を有するものではあるけれども直ちにこれを以て個々具体的事案に於ける損害賠償の対象たるべき得べかりし利益喪失の率とは為し難い。勿論身体傷害に基く後遺症状に依り受傷者が受ける精神的肉体的苦痛に付いては其の職業に依り大なる差異を生ずべき理由は無いのであるがこれは慰藉料に付いての問題であり得べかりし利益喪失額判定の基礎たる労働能力喪失の割合は自ら其の職種に制約せられるものと考える。従つて笠島の場合先に認定せる後遺症状に職種を併せ考えれば其の労働能力喪失は百分の十と認定するのを相当とすべくこれを基礎として前記平均賃金に基き計算すれば笠島の得べかりし利益の喪失額は六〇八、七〇六円となるものである。被告は現に笠島は本件受傷後収入は減じていないのであるから得べかりし利益の喪失は無いと主張するも笠島が本件受傷後其の平均生存期間中収入が低下しないことについての何等の立証無き以上右主張は認容し難い。

右の如く笠島は本件事故に依り六〇八、七〇六円の得べかりし利益を喪失したものと判断すべきであるから原告は被告に対し現実に給付せる四六三、九三一円の限度に於て損害賠償請求権を有するものとなさなければならない。

ハ  時効に付いて

被告は抗弁として訴外笠島英一の被告に対する損害賠償請求権を原告は労災保険法の規定に依り同年十二月十二日並に二十六日に保険給付を為したることに因り取得したものであるが原告は右最後の給付の日以後三年間これを行使しなかつたものであるから右請求権は時効に依り消滅している、尤も原告は被告に対し昭和三十三年十一月二十七日本件金額の納入告知を発し被告は当時これを受領しているが右は何等私法上の債権の消滅時効に付き中断の効力を有するものではないと主張し原告はこれを争い国の為す納入告知は会計法三一条に依り公法上私法上総ての債権に付き時効中断の効力を有し従つて被告主張の消滅時効は中断されていると主張するのであるが会計法三二条所定の国が為す納入告知は私法上の債権に付いても当然時効中断の効力を有するものと解すべきであるから被告の抗弁は認容し難いところである。

以上の次第で被告の主張は孰れも認容し難く結局被告は原告に対し合計金四十六万三千九百三十一円並に内金四干四百四十円(休業補償費)に付いては昭和三十二年十二月十三日(訴外笠島に保険給付を為した日の翌日)内金四十五万九千四百九十一円(障害補償費)に付いては同年同月二十七日(前同様給付日の翌日)より各完済まで民事法定利率に依る遅延損害金を付加して支払いの義務あることとなるので原告の本訴請求は正当としてこれを認容すべく訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第八十九条仮執行の宣言に付き同法第百九十六条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 高橋俊士)

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